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『トラクション』 ってなんだ? 『パワー』ってなんだ? | ②フルタイム4WDはホントに最強?(4WDのトラクション)

[クルマの運動学講座・その6]

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『トラクション』 ってなんだ? 『パワー』ってなんだ? | ②フルタイム4WDはホントに最強?(4WDのトラクション)

第2回目の講義テーマは「 フルタイム4WDはホントに最強?(4WDのトラクション) 」です。

直結4WDとは異なり、フルタイム(常時)4WDはセンターデフなどのトルク分割機構をそなえていて前後輪の回転差を許容するので、いつでもどんな路面でも4WDのままで走行することができます。これが直結4WDが「パートタイム(非常勤) 」といわれるのに対し「フルタイム(常勤) 」と呼ばれる理由です。

前後輪ともに駆動力を路面に伝え、その反力(反作用)でクルマを加速させます。重心の位置と前後輪の駆動力をそれぞれどのくらいの割合で配分するかでクルマのトラクション特性が変ります。基本的には駆動力が4輪に分散されるので、トラクション性能は飛躍的に向上します。

フルタイム4WDは最強のシステムのように思えますが、本当にそうでしょうか?

TEXT:J.J.Kinetickler

これはフルタイム4WDの加速イメージです。前後輪ともに駆動力を路面に伝え、その反力(反作用)でクルマが加速する。 「クルマが地面に蹴られ、加速させられる力」を「駆動力」、それに抵抗して「クルマをそこに留まらせようとする力」を「慣性力」と名づけています。

フルタイム4WDは直結4WDの欠点を補うべく開発されたシステムで、前後の車軸を直結せず、前後輪を自由に回転できるようにしながら、一定の割合で駆動力を配分するために「センターデフ」などのトルク分割機構を設けたものです。

あるいは前後に独立したモーター、もっと突き詰めれば4輪それぞれにモーターを備え4輪を独立制御するEVもフルタイム4WDといえます。

機械式のフルタイム4WDは前後駆動力の配分比を自由に決めることができます。駆動力を前後でどう配分するかによって発揮できるトラクション性能を変えることができます。

ここでは前輪の駆動力配分比をβf、後輪の駆動力配分をβrとしています。

この図は静止している状態のフルタイム4WD車です。考え方は前述のFFやFRと同じですが、この図はFRベースの4WDをイメージして前後輪の荷重配分を50:50で描いています。同じフルタイムでもFFベースの4WDであれば前後輪の荷重配分が60:40くらいになります。

これは駆動力と慣性力の釣り合いの図です。FR、FFと同じく、駆動力と慣性力の加わる位置が上下にずれているので、前後輪の間で荷重移動が発生します。荷重移動量(ΔW)は駆動方式に関係なく、

 荷重移動量(ΔW)=質量(m)×加速度(α)×重心高(H)÷ホイールベース(L) になります。

FRやFFと異なり合力点(すべての力が釣り合う点)は重心の高さで、ホイールベースを前後駆動力配分の比で案分(その割合で内分)した位置になります。この図ではFRベースの4WDをイメージして、前輪の駆動力配分βf=35%、後輪の駆動力配分βr=65%としました。

重心の高さで前輪からホイールベースの35%にある合力点を作図し、そこから前後の接地点に線を引きます。また合力点から慣性力と同じ長さで向きが逆のベクトル(①)を描きます。このベクトルは前後の駆動力と荷重移動を全て足し合わせたベクトルで慣性力と釣り合う力です。

このベクトルを図のように前輪の接地点に向かう力(②)と後輪の接地点に向かう力(③)に分解します。ベクトルの分解は図のように平行四辺形を描いて作図します。

前後輪とも分解したベクトルをそのまま接地点まで移動(④、⑤)します。このベクトル(⑥、⑦)が駆動力と荷重移動を足したものです。

移動したベクトル(⑥、⑦)をさらに駆動力(水平)と荷重移動(垂直)のベクトルに分解します。当然ですが、前後の駆動力を合計した値は慣性力と等しくなり、前後荷重移動は計算の値と等しくなります。

合力点をホイールベースの間で前後に移動させると、さまざまな駆動力配分のイメージが得られます。合力点を後ろに移動すると前輪の駆動力配分が増加し、後輪の駆動力配分は低下します。

前輪の真上まで移動させればFR、後輪の真上まで移動させればFFになります。作図上ではFRやFFは4WDの特殊な例と考えた方が、かえって分かりやすいかも知れません。

この図は重力の釣り合いと、駆動力の釣り合いを足し合わせたものです。重力と路面反力、駆動力と慣性力をすべて合わせた力の釣り合いの合力点は車両の斜め前方か斜め下方、この図の場合は車両前方のかなり高い位置になっています。

加速の限界は路面とタイヤの摩擦力で加速度の上限が決まってしまいます。フルタイム4WDは駆動力が4輪に分散されるので「トラクション」が飛躍的に高くなります。

フルタイム4WDの場合、重心高さ、ホイールベース、前後荷重配分、それに前後駆動力配分、路面とタイヤの摩擦係数によって、最終的にスリップを始めるのが前輪なのか後輪なのかが決まります。

前後どちらかのタイヤがスリップを始めると4輪全ての駆動力が失われるので、その寸前がクルマの限界加速度になります。どういう設定にするかでトラクションの特性をコントロールすることができます。

FRやFFと同じようにフルタイム4WDでも前輪は加速度が大きくなると接地荷重が減少するのでトラクションが減少します。逆に後輪は加速度が大きくなるほど接地荷重が増加するのでトラクションが増加します。

前後荷重配分や前後トルク配分の設定によるのですが、大抵のフルタイム4WDは雪上や氷上など路面とタイヤの摩擦係数が低い場合はリヤがスリップを始め、乾いたアスファルトなどの摩擦係数が大きい路面ではフロントがスリップする設定になっています。このあたりは後で詳しく説明します。

この図はフルタイム4WDのトラクション性能です。横軸が路面とタイヤの摩擦係数(μ)、縦軸が最大加速度(G)です。横軸の数字をイメージするために路面状態の目安を追記してあります。凍結してツルツルになった路面は摩擦係数がμ=0.1くらい、積雪した路面はμ=0.2-0.3、乾いたアスファルト路面(ドライ)ではタイヤの性能にもよりますがμ=0.6-1.0くらいです。

グラフの線は直結4WD(黄緑)、フルタイム4WDでFRベース(緑)とFFベース(橙)で、この線はある摩擦係数(μ)の時にそのクルマが出せる最大の加速度(α)を表しています。大切なことはこの最大加速度はいくらパワーを上げても、ギヤ比を変えてもこれ以上加速できない「トラクションの限界」だということです。

直結4WDはμ=αの直線です。これは路面とタイヤの摩擦係数と同じ値の加速度(G)が常時出せるということで4WDの中でも最強の駆動方式です。しかし前後の駆動系が直結されているため、舗装路で低速旋回した場合、「内輪差」によって前輪は速く後輪は遅く回転しようとします。それにより前後輪で回転差が生じ、路面とタイヤの摩擦で駆動系全体がねじられロックされてしまう現象がおこります。これを「タイトコーナーブレーキング(現象)」といいます。そうならないように通常の走行時は後輪だけを駆動して走行し、悪路や雪路走行時のみ直結4WDにして走行します。そのため直結4WDはパートタイム4WDとも呼ばれます。

この問題を解決するために開発されたのがフルタイム4WDです。フルタイム4WDは前後輪の回転差を許容しながら駆動力を前後に分配する機構(センターデフ等)をもったシステムです。直結4WDの課題を克服するためのシステムですが、図をみるとわかるようにグラフが途中で折れた曲線になっていて、折れ点以外では直結4WDに対して最大加速力が少し目減りしています。

また、前後荷重配分と前後トルク配分の異なるFRベース4WDとFFベース4WDで折れ点の位置が異なります。

この図は前の図の縦軸を「トラクション効率(α/μ)」にして描いたものです。

最強は直結4WDで全域100%のまさに「神トラクション」、それに比べるとFRやFFは50-60%で凡人レベル、さすがのフルタイム4WDも直結4WDには及びません。

フルタイム4WDのトラクション効率ですが途中に折れのある山形の曲線になっています。しかもFFベースとFRベースで山の頂上が左右にずれています。この違いは前後荷重配分、前後トルク配分、重心高とホイールベースの比の違いによるものです。

μの低い側から上昇する曲線の部分はリヤがスリップすることで制約される領域です。それが昇りつめた直結4WDの100%と接する頂上ではフロントとリヤが同時にスリップします。それよりもμの高い領域で曲線が下降している部分はフロントのスリップで制約される領域です。

計算式が図の囲み枠に書いてあります。一瞬だけトラクション効率が100%になる点は
  μmax=(1-Lf/L-βf)/(H/L) (*βf:前輪駆動力配分)
という簡単な式で計算できます。

たとえば図のFRベースフルタイム4WDのμmaxは、計算すると μmax= (1- 0.5 -0.35)÷0.2 = 0.75、 FFベースのフルタイム4WDなら μmax = (1- 0.4 -0.5)÷0.2 = 0.5 となります。

このようにフルタイム4WDでは設定によって様々なトラクション特性を得ることができますが、このままでは直結4WDのトラクション効率には及びません。これを解決するのがセンターデフ制御です。センターデフにLSD(リミッティッド・スリップ・デフ)を追加し、図の「センターデフ制御範囲」でコントロールします。センターデフをLSDで制御するとスリップが始まる側から余裕のある側へとトルクを受け渡すことができます。極端な例ではデフを完全にロックさせると直結4WDになるわけです。

またフルタイム4WDは前後荷重配分(Lr/L)と前後駆動力配分(βf、βr)を変更し、山の頂上(μ=G)の位置を移動させて、雪道や悪路に強い4WDや舗装路やサーキットで強い4WDなど、さまざまなバリエーションを作ることができます。フルタイム4WDはセンターデフ制御を加えることによって、はじめて「最強の4WD」になるわけです。

著者
J.J.Kinetickler

日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計、車両企画部門を経験。 退職後、モデルベース開発会社顧問を経て、現在は精密農業関連ベンチャー企業の技術顧問。
「物理を超える技術はない」を信条に、読者に技術をわかりやすく伝えます。

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