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『トラクション』 ってなんだ? 『パワー』ってなんだ? | ⑤ 0-100km/h 1.8秒のウソ(パワーとトラクションの究極)

[クルマの運動学講座・その9]

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『トラクション』 ってなんだ? 『パワー』ってなんだ? | ⑤ 0-100km/h 1.8秒のウソ(パワーとトラクションの究極)

某フル電動4WDスーパースポーツの発表会で、最高出力1000kW(1360PS)で0-100km/h発進加速時間が1.8秒と公表されたので驚きました。物理的にあり得ないタイムです。

モーター/バッテリーの出力が1000kWだろうが2000kWだろうが物理的に無理なのです。第5回目はこのテーマを中心に講義します。

TEXT:J.J.Kinetickler

クルマは何で走るのか? 愚問だと思われるかも知れませんが巷(ちまた)では、先に述べた「0-100km/h加速1.8秒」や「新型〇〇はパワーアップして加速タイム0.2秒向上」とかパワーを上げれば上げるほど加速できるという「まことしやかなウソ」がまかり通っています。しかし実際のところは「クルマはトラクションで走る」のです。

もちろんパワーがなくては走れませんが、少なくとも高性能車の場合、加速の限界を決めているのはトラクションです。とくにFRやFFの場合、トラクション効率が60%前後しかないので、なおさらです。

ひとつの例としてFR車(車重1600㎏、前後荷重配分50:50)について、路面とタイヤの摩擦係数(μ)と0-100km/hの発進加速時間、および必要最大馬力(パワーはいつでも必要なだけ出せるという前提)でグラフを描いてみました。緑色の矢印で示したμ=1.2というのは、通常の舗装路面でスポーツタイヤが発揮できる最大の摩擦係数です。

0-100km/hの加速タイムはトラクションで決まりμ=1.2の場合は3.74秒です。この時必要な馬力は最大でも467PS(344kW)です。

これは100km/hになってはじめて必要になるパワーです。逆に、もしこのパワーが発進時からあれば100km/hまで、いつでも直線でホイールスピンさせることができるというわけです。

この図は路面とタイヤの摩擦係数(μ)を1.0~1.6まで変化させていますが、サーキット路面とレーシングタイヤの組合せでも限界的なμ=1.4の時でさえ3.07秒(570PS)です。とてもじゃないが1.8秒なんてあり得ません。

パワーとトラクションについて、もうひとつ別の例を紹介します。この図は、ある高性能FRスポーツ車の0-100km/h加速タイムのシミュレーションです。

このクルマのオリジナル状態の加速タイムは3.74秒(グラフの左端)、このタイムでも十分速いですが、この加速タイムは後輪がスリップしないようドライバーがアクセルコントロールして出している状態です。

この状態から後輪の真上に少しづつウエイトを載せていくと、質量を増したにもかかわらず加速タイムが向上します。グラフの横軸が追加したウエイトの量です。左端は追加するウエイトがゼロの状態です。

もちろんこのシミュレーションは追加ウエイト分も車重を増やしています。ウエイトをどんどん増やしていくと、なんと+140㎏まで加速タイムが向上しました。しかしそれ以上では加速タイムが遅くなってしまいます。

これは何を意味しているのでしょうか? オリジナル状態からウエイトを+140㎏追加するまで加速タイムが向上するのは、車重が増えるにもかかわらず後輪のトラクションが増して、よりアクセルが踏めるようになるからです。

+140㎏の時点でついにアクセルは全開となり、パワーが余すところなく後輪に伝えられます。それ以上ウエイトを追加すると、そこからはクルマが重くなった分だけ加速タイムが低下するというわけです。

つまりウエイトが0-140㎏までの間は加速タイムが「トラクションで制約」され、140㎏以上では「パワーで制約」されます。これはトラクションとパワーのわかりやすい事例だと思います。

似たような話は日常でもあります。FRに乗っている雪国の人は冬場、スリップしにくいようにポリタンクに水を入れてトランクに積んでおくそうです。上記の例よりμがもっと低いところの現象ですが根は同じですね。

やはり「クルマはパワーではなくトラクションで走る」のです。

さていよいよフル電動4WDスーパースポーツの登場です。4モーター1000kW(1360PS)の4WD、4輪の駆動力は精密制御されホイールスピンの限界まで常に駆動力を伝えられると仮定します。

そのためトラクション効率は直結4WDと同じく常時100%になります。さて、これで0-100km/hの加速タイム1.8秒は可能なのでしょうか?

著者
J.J.Kinetickler

日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計、車両企画部門を経験。 退職後、モデルベース開発会社顧問を経て、現在は精密農業関連ベンチャー企業の技術顧問。
「物理を超える技術はない」を信条に、読者に技術をわかりやすく伝えます。

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