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BEV大量普及は、やっぱり無理か? 風力発電は「幻想」だった

牧野茂雄の「車交箪笥」しゃこうだんす vol.15

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更新日:
BEV大量普及は、やっぱり無理か? 風力発電は「幻想」だった
(PHOTO:Shutterstock)

長くやってりゃ情報ルートと人脈は築ける。
もうかれこれ40年以上、自動車を取材してきたから、
結構なネットワークを持つことができた。
あちこち掘って、あちこち探ったネタを、
私個人の分析と私の価値観でお届けします。
TEXT:牧野茂雄(Shigeo MAKINO)

風力発電設備の建設費用が上昇している。IRENA(国際再生可能エネルギー機関)のまとめによると、2016年以降現象を続けてきた洋上風力発電の均等化発電原価(LCOE=建設費、維持費、利益などを合計し、運用期間中の想定発電量をベースに計算する発電量当たりのコスト)は2022年、上昇に転じた。風力発電で世界最大手のオルステッド(日本ではオーステッドと呼ぶことが多い)は「アメリカ事業からの撤退を検討している」とメディアは報じた。しかし、当事者からは「すでに事態は危険水域だ」との声が漏れてくる。「洋上風車の故障率は、運転開始後5年で60%」というデータさえある。さて、日本はどうするのか。

アメリカのバイデン政権は、洋上風力発電の発電量を2050年には年間1.1億kW(キロワット)まで拡大する計画を実施している。しかし、新規の風力発電ファーム建設計画に応募する事業者が減り、メキシコ湾での事業からは石油メジャーの英国・シェルが違約金を払ってまで契約を破棄した。「シェルに続いてオルステッドも撤退するらしい」というウワサが流れている。

メキシコ湾はハリケーンの通り道であり、クラスTと呼ばれる「超大型台風に耐えられる風車」が必要だが、アメリカ国内のインフレにより建設コストが上昇し、見込んでいた利益を得られないと判断すれば、事業者は撤退する。これは当然のことだ。

欧州ではスウェーデン企業のバッテンフォールが英国沖での建設事業を中止した。理由は事業費の増加である。ほかにも撤退あるいは入札への参加取りやめという例がある。IRENAのデータでは、2022年の風力発電コストは前年より1kWh当たり8セントの上昇だ。これくらい企業努力でなんとかなるのでは、と思ったが実際は「そんなものではない」らしい。

私は風力発電の関係者数名から「IRENAのデータは大甘だ。現実をまったく反映していない」「都合の悪いデータを無視している」と聞いた。おそらくそうだろうな、と思う。ずいぶん昔にデンマーク沖の風力発電ファームを取材したとき、すでに「故障率は想定以上」と聞かされた。

イギリスのNPO法人であるREF(The Renewable Energy Foundation=再生可能エネルギー財団)が2020年11月に公表したレポートには「英国の風力発電設備の平均運転費用は、使い続けているうちに増えていた」「設備を据え付ける初期費用はかかるが、そのあと発電コストはどんどん安くなるというのは幻想」と書かれていた。

環境先進国といわれるデンマークの例では、陸上・洋上の風車約6,400基の調査で「洋上風車は、運転開始からたった20か月少々で全体の30%の設備に初期故障が発生した」「発電量の大きな大型風車ほど故障率が高い」と断定した。

かつて私が取材した、デンマークとスウェーデンとを隔てるエーレ海峡にある風力発電ファームは壮観だった。海峡を抜ける風はつねに強く、平均設備利用率は55%だと聞いた。平均設備利用率とは、365日24時間の中で「発電している時間」と同じ意味であり、すべての風車の平均値である。ちなみに日本では、陸上風車の設備利用率は全国平均で約20%。洋上風車はまだデータがないが「25%以上にはなるだろう」と言われている。しかし、関係者は「経済産業省が言っている平均30%は無理」と言う。

シェルが撤退したメキシコ湾の風力発電ファームは、最低でも設備利用率40%以上だという。それでも「予定した利益は望めない」と、シェルは撤退した。日本沿岸での設備利用率が、たとえ30%だとしても、メキシコ湾やエーレ海峡の設備利用率には遠く及ばない。

日本にも風力発電設備のメンテナンスについてのデータがある。平成29年度(2017年)に経済産業省商務情報政策局産業保安グループ電力安全課がコンサルティング会社・デロイトトーマツに委託した調査だ。当時は陸上風車だけだったが、設備利用率は高くても23.9%にとどまった。

その理由のひとつが故障だ。風車の主軸とその軸受け(ベアリング)が故障すると、修理のために平均340日も風車を止めていた。ベアリングの故障頻度は2%だが、ひとたび故障すると復旧には長い時間がかかる。業界では「おそらく洋上風車の場合は、もっと長期間の修理作業になるだろう」と言われている。

2018年に設置された陸上風車は2018年設置の風車よりも大型であり、それだけ運転費用が高い。グラフ中の実線は実績、破線は予測値。「再エネ発電はどんどんコストが下がる」と言われたが、実際にはじわじわコストが上がっている。とくに山岳地帯にある発電風車はメンテナンス費用が高くなる。
洋上風車の場合は、比較的小型の2008年設置の風車でも、12年経つと発電コストは約2倍の95万ポンド/MWhになっている。大型の洋上風車についての発電コスト予測は10年後で210万ポンド/MWh。これを「安い」と呼べるだろうか。
著者
牧野 茂雄
テクニカルライター

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産業界を取材してきた。中国やシンガポールなどの海外媒体にも寄稿。オーディオ誌「ステレオ時代」主筆としとてオーディオ・音楽関係の執筆にも携わる。

牧野茂雄の「車交箪笥」しゃこうだんす

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