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学問で「儲けてはいけない」のか? 日本学術会議は自動車も国益も無視

牧野茂雄の「車交箪笥」しゃこうだんす vol.6

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学問で「儲けてはいけない」のか? 日本学術会議は自動車も国益も無視
(PHOTO:Shutterstock)

長くやってりゃ情報ルートと人脈は築ける。
もうかれこれ40年以上、自動車を取材してきたから、
結構なネットワークを持つことができた。
あちこち掘って、あちこち探ったネタを、
私個人の分析と私の価値観でお届けします。
TEXT:牧野茂雄(Shigeo MAKINO)

菅前総理の指名拒否問題以降、日本学術会議という組織が世の中の「小さな話題」になった。しかし、現状210人の会員の分野別比率はまったく変わらず、分野ごとの人数分配の方法や求められている役割はきわめてわかりにくい。世の中とのかかわりで言うと、日本学術会議がCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)の病原菌について研究したわけでもなく、この関連はほとんどがシンポジウム開催だった。自動運転については「過失をだれが追うのか」「社会に実装するにはどうしたらいいか」といったテーマで話し合われているが、自動運転技術そのものにはかかわっていない。ICE(内燃機関)については完全ノータッチである。

日本学術会議の問題が報道されていた2020年10月、6人の任命拒否が出た「第25期」会員204人と連携会員1,901人の専門分野を調べた。予想はしていたが「自動車のエキスパート」はいなかった。日本最高の学識経験者集団は自動車を相手にしていないのだ。

会員210人は首相が任命する。世の中との接点をほとんど持たない「雲の上の人たち」であり、日本の学術界を代表する人たちだといわれる。いっぽう連携会員は日本学術会議が自由に選んで任命する。ここには企業所属の研究者も多い。連携会員が実務者であり、企業活動を通じて世の中との接点を持っている。会員204人と連携会員1,901人、合計2,105人が「第25期」の構成メンバーだが、そのうち首相任命は10%以下である。

分野別で集計すると法学と医学の関係者が日本学術会議会員には多い。基礎医学と臨床医学分野の会員は「第25期」に合計32人、連携会員は283人だ。全体の約15%を占める。医者と弁護士と言えば、筆者が生まれた昭和33年のころの将来的理想像である。しかし、これって立派にビジネスじゃない?

平均年齢を計算してみたら「第25期」はざっと60歳だった。私はそろそろ65歳になるが、自分では「まだまだアタマは冴えている」と思うから、日本学術会議会員の平均年齢はべつにどうでもいい。問題なのは2011年設置の「若手アカデミー」だ。

45歳以下の若手の意見も聞くという目的で設置されたらしいが、あくまで「本会員」というか「正会員」というか、首相任命210人とは別枠であり、日本学術会議として若手を登用する気はないようだ。世界に衝撃を与えるような研究や発見は、いまや20〜30歳代の天才がメインじゃないか? 老若男女集ってこその「知恵集団」じゃないのか?

もうひとつ、2005年に作られた「日本学術会議協力学術団体」という制度がよくわからない。言ってみれば下部組織みたいなもので、私には「頂点は我われである」という日本学術会議のプライドだけがにじみ出ているようにしか思えない。自動車に関係の深い日本機械学会も協力学術団体のひとつだ。しかし、前述のように日本学術会議には自動車のエキスパートはひとりもいない。

自動車が登場するのは「カーボンニュートラル」「スマートシティ」「モビリティ」といった領域であり、「自動運転車」という名称はこれらの分野で登場する。しかし、自動運転技術そのものについては議題になっていない。

「自動運転の社会実装と次世代モビリティによる社会デザイン検討委員会」の議事次第と資料をぜんぶ読んだが、レベル3〜レベル5の自動運転車両についてはまったくと言っていいほど論じられていない。すべて「自動運転車が出来たら」という前提での議論である。自動車のエキスパートがいないのだから「自動運転車は実現可能か」というテーマでは議論できないのだろう。

欧米にも、日本学術会議のような「国家を代表するアカデミー」は存在する。日本学術会議はこの分野の調査を行い、ことし4月に結果を公表した。その報告の中に、欧米のアカデミーには議会への助言機能があり、日本が記述会議は助言ができないという主旨の記述があった。報告書を読んでいるとやっかみのような印象である。

欧米では必ずしもアカデミーだけが助言しているのではない。たとえばEUの次期排出ガス規制「ユーロ7」の策定段階では、AGVES=Advisory Group on Emission Standard(排気規制諮問会議)の中にある助言チームCLOVE=Commission consortium of consultants tasked to work on Euro 7が科学的データを提供した。CLOVEのメンバーはESP(エンジニアリング・サービス・プロバイダー)であるリカルドとFEV、政府機関であるオランダの輸送技術協会TNO、グラーツ工科大学などだ。

FEV自体がアーヘン工科大学からのスピンアウトであり、欧州のほかの有力ESPでいえばVW(フォルクスワーゲン)が筆頭株主であるIAVはミュンヘン工科大学の学外事業である。英・リカルドはケンブリッジ大学、オーストリアのAVLはグラーツ工科大学とそれぞれ連携している。欧州ではアカデミーとビジネスはさまざまな分野で一体化されている。「金を稼いでこそ学問」という姿勢だ。そして、中国がこの方法を真似し始めた。

日本が好景気に沸いていたバブル期には、OEM(自動車メーカー)が多くの研究委託を行っていたが、なぜか海外の大学が多かった。トライボロジー(摩擦学)、ニューラルネットワーク、統合制御など、当時の先端領域はほとんどが海外の大学への研究委託だった。「日本の大学は依頼を受けてくれない」と聞かされた。アカデミーは崇高であり商売は卑しいと思っていたようだ。

1980年代以降、欧州では大学からスピンアウトしたESPが実用技術の研究開発で大きな成果を挙げた。同時に国は、大学への支援も行なった。その成果は実用技術になった。日本で国が自動車分野の研究を資金援助したのは、昭和53年排ガス規制への対応だけだったと思う。そこから2014年のSIP「革新的燃焼技術」までは産学官のプロジェクトはまったく存在しなかった。

「欧米のアカデミーには議会への助言機能があるが、日本学術会議にはそれがない」とわめかれても、もしあったとして、では議会が求めるような「日々の暮らしに役立つ案件」「日本の国益に直結した案件」に対し、日本学術会議は的確な助言ができるだろうか。

日本学術会議法のなかに、この会議が政府に勧告することができる内容が書かれている。それは以下の6項目である。

一・科学の振興及および技術の発達に関する方策
二・科学に関する研究成果の活用に関する方策
三・科学研究者の養成に関する方策
四・科学を行政に反映させる方策
五・科学を産業およびび国民生活に浸透させる方策
六・その他日本学術会議の目的の遂行に適当な事項

いっぽう、日本政府は以下の4事項について日本学術会議に諮問することができると法律には定められている。

1・科学に関する研究、試験等の助成、その他科学の振興を図るために政府の支出する交付金、補助金等の予算およびその配分
2・政府所管の研究所、試験所および委託研究費等に関する予算編成の方針
3・とくに専門科学者の検討を要する重要施策
4・その他日本学術会議に諮問することを適当と認める事項

あまりに抽象的過ぎるので、何か実例がないのかを調べたが、政府の諮問(意見を伺うこと)に対して答申(訊かれた要件について意見を述べること)を行うはずの日本学術会議は、2010年以降政府への勧告を行っていない。政府が諮問しないので答申もない。

いま、国民が大きな関心を寄せている「敵基地攻撃能力」について、政府が日本学術会議に対し「とくに専門科学者の検討を要する重要施策」という上記「3」の観点から諮問を行なっても、兵器の開発には一切かかわらないというのが日本学術会議の姿勢なので、まず、政府が諮問すること自体があり得ないし、たとえ諮問したとしても「我われは兵器は開発しない」と日本学術会議は答申を拒否するだろう。

ロシアがウクライナ戦争で使っている軍用ドローンには、日本製の小型レシプロエンジンとデジタル一眼レフが使われていた。そのニュース映像は何度も流れた。IS(イスラミック・ステート)の戦闘車両は日系ブランドのピックアップトラックだ。耐衝撃性に優れた日系ブランドの時計は起爆装置に使われている。つまり、農薬散布用無人機だろうがデジタル一眼レフカメラだろうが自動車だろうが時計だろうが、すべて兵器または兵器システムを構成するユニットに転用できるということだ。

そういう時代でも、かつて日本を占領していたGHQが「日本の科学者に兵器開発をさせないため」に創設した(私はそう解釈している)日本学術会議は、70年以上前の動機をいまだに引きずっている。日本政府は日本学術会議法の見直しをしなかった。

自動車産業は現在、日本のGDP550兆円のうち69兆円を稼いでいる。しかし、日本学術会議の会員の中で自動車に関係ありそうな人は約10人だ。鉄や非鉄金属、機械産業といった分野の会員も少ない。金を稼いでいる分野と日本学術会議は関係が極めて薄い。存在感ほぼゼロだ。

学術研究とは、未解決の課題に挑み、社会生活を少しずつ豊かにし(精神的にも物質的にも)、それにかかわった個人と組織(企業も含む)が潤い、次の研究のための資金を得て、さらに前に進むという循環ではないのか?

日本学術会議法の改正を巡っては「学問を政治から守ろう」という声が世の中には多い。政権による学問弾圧だというような印象が漂う。しかし、実態はそんな前近代的な「正義vs悪」のようなものではない。

著者
牧野 茂雄
テクニカルライター

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産業界を取材してきた。中国やシンガポールなどの海外媒体にも寄稿。オーディオ誌「ステレオ時代」主筆としとてオーディオ・音楽関係の執筆にも携わる。

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