ベトナム車、米国本土に上陸。| 牧野茂雄の「車交箪笥」しゃこうだんす vol.20
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TEXT:牧野茂雄(Shigeo MAKINO)
ベトナム唯一の民族系OEM(自動車メーカー)であるVinFast(ビンファスト)が米・ノースカロライナ州の州都・ローリー市近郊に車両工場の建設を開始したのは昨年7月。来年には工場が完成し3車種が生産される予定だ。日本と韓国以外の「アジアの国」が米国に車両工場を持つのはこれが初めてだ。成功するかどうかはまだわからない。とりあえずはお手並み拝見というところだが、意気込みには並々ならぬものがある。
3月末に開催されたバンコク・モーターショーにビンファストが出典した。自動車産業ではタイがアセアンの先頭を行き、ベトナムは後発だ。しかし、ベトナムの大手企業グループであるビン・グループは、自己資本で自動車メーカーを立ち上げた。
独BMWから旧型モデルの製造ライセンスを購入して「欧州車のムード」を学び、欧州の実績あるESP(エンジニアリング・サービス・プロバイダー=開発支援会社)や大手サプライヤーの協力を得て、ビンファストは乗用車市場に参入した。現在はBEV(バッテリー電気自動車)専業へと舵を切り、ベトナム発のグローバル・ブランドを目指している。
ベトナム最大の財閥であり不動産やデパートなどで有名なビングループがビンファストを立ち上げたのは2017年だった。2018年にまず電動バイクの生産を立ち上げ、独・BMWとの間でライセンス契約を結んだ乗用車「5シリーズ」「X5」の生産準備を開始、翌2019年に自社工場での組み立てに漕ぎつけた。
ビンファストが権利を購入したのはBMW社内コードでF10型と呼ばれる2009年から2016年まで生産された中型セダン「5シリーズ」と、2013年から2018年夏まで生産された高級SUV、F15型の「X5」だった。すでに生産を終了した旧型モデルとは言え、BMWがFR車のライセンスをほかのOEMに売却するのは初めてだった。
ビンファストは「BMWの技術で開発されたBMWのモデル」と名乗る権利を所有できるだけのライセンス料をBMWに支払った。筆者が聞いたライセンス料は想像したより高かった。同時にビンファストは、オーストリアの元車両メーカーであり有力なESPでもあるマグナ・シュタイア、およびオーストリアの老舗ESPであるAVLとエンジニアリング面での支援契約を結んだ。
さらにビンファストは、イタリアのカロッツェリア(デザイン工房)老舗であるピニンファリナおよびデザイン界のカリスマ的存在であるジョルジェット・ジュジャーロ(日本のメディアはジウジアーロと表記するが、発音はジュジャーロがもっとも近い)氏が主宰するイタルデザインの両社とデザイン面の支援契約を結んだ。部品やユニットの供給については、BMWが取り引きしている欧州のサプライヤーに協力を要請した。
BMWから購入したライセンスをもとにビンファストが独自に再設計したセダン「LUX A2.0」は、たしかに見栄えのいい後輪駆動モデルだった。しかし少量しか生産されなかった。その代わり前輪駆動のオリジナルモデルを開発し2022年末まで生産した。