開く
TECHNOLOGY

エンジンテクノロジー超基礎講座053|レースエンジン屋魂で開発した量産V10[トヨタ1LR-GUE/レクサスLFA]

公開日:
更新日:

高回転高出力、そして聴き惚れるV10サウンド

耐久性を考慮して直打式とはせずロッカーアーム式を採用。ロッカーアームのカム摺動面にDLCコーティングを施す。吸排気側ともに可変バルブタイミング機構を装備する関係上、アルミ鍛造製ピストンはフルリセスに近い状態。「手前味噌ですが、その状態に加え88mmのボアで圧縮比12.0の燃焼室を作り込んだのは頑張ったほう」と吉岡氏。

動弁系の駆動はギヤとチェーンの併用である。レーシングエンジン屋の発想としてはオールギヤドライブになるし、吉岡氏も「試してみたかった」と話すが、ギヤノイズの絡みでオールギヤは不採用に。1段目をギヤにし、以降はチェーンになった。1段目のギヤ側には一次振動をキャンセルする目的で重量のアンバランスが設けられている。

ヘッドカバーはマグネシウム合金製。バルブは吸排気ともに中実のチタン合金。コンロッドはチタン合金製(鍛造)である。バルブはロッカーアームを介して駆動するが、カムとの摺動面はDLCコーティングを施す。コンロッドのクランクシャフトとの摺動面、ピストンリングのシリンダーボアとの摺動面にはそれぞれクロムナイトライド(窒化クロム)処理を施している。シリンダーはスリーブレスで、日産GT-Rが積むVR38DETTと同様、シリンダーボアに鉄を溶射した。アルミ鍛造製のピストンはヤマハ製である。

クランクケースは各気筒独立構造(6ベアリング)とし、剛性を確保。ドライサンプとしてエンジン全高を抑えると同時に、オイルの撹拌抵抗を減らしている。

「ピストンリングは3本です。量産エンジンで2本となると、ブローバイやオイル消費の面で考えにくい。ただでさえドライサンプや独立スロットルなど、新しいことにチャレンジしています。ピストンリングを2本にすることで何がどこまで得られるのか。量産ではそのあたりの損得勘定は必要です」

レーシングエンジンを設計するスタンスを押し通したのではない。

「開発初期の頃はごく少ない人数で開発していました。私は6割くらい図面を描きました。若い頃に指導を受けたのが吉川というレーシングエンジン設計者で、直接仕込まれた部分もありますし、OX88やOX66(ともに1980年代のレーシングエンジン)の図面を引っ張り出して死ぬほど勉強しました。半年ほどですが、ジョン・ジャッド(「ジャッド」はイギリスのエンジンコンストラクターで、1990年代にヤマハとF1用V10を共同開発)のもとで仕事をしました。このエンジンはジャッド的な考え方と吉川的な考え方をミックスしています」

ジャッド的な考え方とは。

「同じ機能を発揮するのであれば、シンプルな形が一番いいということ。複雑で組み立てにくいのは一番だめ。だから壊れるのだと。設計は吟味に吟味を重ねてできるだけシンプルにしていく。一流は納得いくまで妥協しない。そういった思想は受け継いだつもりです。トヨタさんとの共同開発ですので、先方のレーシングエンジン的な考えを反映させた部分もあります。その意味では、トヨタとヤマハのレーシングエンジンのフィロソフィーが融合したエンジンと言っていいでしょう。量産エンジンしか知らない人が作ったエンジンとは明らかに違います」

濁りのないサウンドを作り出すため、左右独立の排気システムを設計。エキゾーストマニフォールドのブランチはほぼ等長(±40mm)。エンジン部2ヵ所、トランスアクスル2ヵ所の計4ヵ所でパワートレーン全体をマウント。トルクチューブと排気管の2階建て構造とし、センタートンネルの幅を狭く設計している。
テールパイプは3本出し。メインマフラー(チタン製)の前にバルブを配置。3000rpm未満ではバルブを閉じ、左右バンク独立で入ってきた排気はメインマフラー内を回遊して消音、下部の1本から排出。3000rpm以上ではバルブを開け、ほぼダイレクトに上部の2本から排出。高次成分のみを抽出したハイピッチなサウンドを奏でる。

新開発V10エンジンを開発するにあたっては、リッターあたり120馬力、9000rpmという性能目標と同時に、官能的なサウンドを実現するという目標が定められた。吉岡氏は「5-1集合の等長エキマニにした段階でいい音になるのはわかっていた」と説明する。「排気管が不等長だとマフラーで何をやっても消せません。5-1集合で高次成分がたくさん入っていたので、低次の圧力波だけマフラー(設計・製造は三五)で消してもらって、高次の音だけ残しました。回転数はF1の半分ですが、F1エンジンのようなハイピッチな音に仕上がっています」

音でエンジンの価値が決まるわけではないと承知しつつも、つい聞き惚れてしまうサウンドをレーシングエンジン屋のフィロソフィーで開発した量産エンジンは奏でている。

共鳴特性がそろうように、サージタンクに設けるエアコネクターの位置と高さを最適化。きっちりそろえると味気ない音になるため、ランブル(ゴロゴロ感)を演出した。サージタンクの天板が気持ちいい音で共鳴するよう、ヤマハ株式会社(楽器製造)に協力を依頼し、アコースティックギター内部に配するリブを設計するのと同じ解析手法を応用した。
ヤマハの協力を仰ぎ、サージタンク内の空間共鳴と振動板共鳴の最適化を図った。その解析作業の様子を示す。サージタンクの左右を結ぶようにリブを配置。エアコネクター開口部周辺の剛性を強化した。結果、爆発一次成分を強調する吸気サウンドを実現している。この吸気音はダッシュ開口部(上部=中高音、下部=中低音)を通じてキャビンに伝達させている。

■ Specifications[1LR-GUE]
エンジンタイプ:72°バンクV型10気筒
エンジン配置:フロント縦置き
排気量(cc):4805
バルブ数/気筒:4バルブDOHC
動弁機構:ロッカーアーム
潤滑方式:ドライサンプ
ボア×ストローク(mm):88×79
シリンダーブロック素材:アルミニウム合金
シリンダーヘッド素材:アルミニウム合金
圧縮比:12.0
最高出力:412kW/8700rpm
最大トルク:480Nm/6800rpm

  • 1
  • 2
著者
世良 耕太
テクニカルライター

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめとするモータースポーツの取材に携わる。10年間勤務したあと独立。モータースポーツや自動車のテクノロジーの取材で欧州その他世界を駆け回る。

部品サプライヤー・自動車メーカーのエンジニアへの数多くの取材を通して得たテクノロジーへの理解度の高さがセリングポイント。雑誌、web媒体への寄稿だけでなく、「トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日」(著)「自動車エンジンの技術」(共著)「エイドリアン・ニューウェイHOW TO BUILD A CAR」(監修)などもある。

興味の対象は、クルマだけでなく、F1、建築、ウィスキーなど多岐にわたる。日本カー・オブ・ザ・イヤー2020-2021選考委員。

エンジンテクノロジー超基礎講座

PICK UP