燃料以外の領域へ挑戦。バイオマスSPSの展開で、出光興産は新たな「縁の下の力持ち」へ|人とくるまのテクノロジー展 2024
自動車の原動力である燃料。その燃料を取り扱っている出光興産は、新たな形で自動車産業を支えようとしている。それがSPS(シンジオタクチックポリスチレン樹脂)である。「絶縁性が高く、融点が270℃で耐熱性も高い」特性を持つSPSだが、それとは違う「石油元売りだからこそできること」もあるようだ。燃料以外の領域での貢献とは、一体どのようなものなのか、どのように自動車産業を支えていく存在となりうるのか。SPS課マネージャーの森川 正之氏に話を伺った。
TEXT:久保田 幹也(Mikiya Kubota)
PHOTO:村上 弥生(Yayoi Murakami)
主催:公益社団法人自動車技術会
絶縁性が低いから、軽量化ができるSPS
そもそもSPSについてだが、いわゆる汎用性ポリスチレン素材であり、ジャンルとしてはスーパーエンプラと呼ばれる高機能素材である。同じ領域にはPPS(ポリフェニレンサルファイド)があるが、あえてこの商品と戦っていくと森川氏は語る。
「PPSは比較的安価ですが、絶縁性ではSPSの方が優れています。この特性は素材の厚みに左右されないため、部品をコンパクト化できるという強みがあります。結果的に自動車全体の軽量化につながりますが、この特性はSPSだけです。」
PPSの耐熱温度は220~240℃。耐熱性だけで言えば、PPSの方が優れている。しかし、全体のバランスで言えばSPSに軍配が上がる。EVの推進により熱が発生しやすくなる領域において、SPSが与えるインパクトは大きいと言えるだろう。
SPS自体は決して新しい素材ではない。耐熱性が高い特性を活かし、はんだ耐熱が必要な車載コネクタとしても利用されているケースも多い。「技術革新でコネクタが大型化できるようになり、それに伴ってSPSの需要も増えた」と森川氏は言う。車載コネクタは、主にトヨタ自動車やデンソーが取り扱っている。
このように、SPSはすでに縁の下で我々の生活を支えているのである。
ケミカルリサイクルSPSの検討
出光興産は、新たにケミカルリサイクルSPSの生成を進めている。使用済みプラスチック(いわゆる廃プラ)を回収し、それをナフサやスチレンモノマーへと変換する工程だ。
すでに実証実験は終了しており、実現可能なことも判明している。「2025年を目途に、廃プラリサイクルチェーンを構築して行く予定です。対環境という面でカーボンニュートラルへの取り組みのひとつになります。」と語る森川氏。
特に廃プラから石油精製ができる流れが完成すれば、昨今叫ばれている持続可能な社会へ大きく貢献できる。使用済みプラスチックが、原料である石油に戻る形が完成し軌道に乗れば、将来石油製品のリサイクルが一般的になるかもしれない。
バイオマスSPSの真髄
そして最も力強く語っていただいたのが「バイオマスSPS」についてである。その名のとおりバイオマス由来のSPSで、生成にはバイオマスナフサと呼ばれる物質が必要となる。これは石油由来ナフサとほぼ同じ性質を持っており、当然燃料としても使用可能だ。そのバイオマスナフサを出光興産が購入・精製し、委託加工先企業がバイオマスSPSへと加工する流れだ。
すでに旭化成や東レでは、出光興産が供給するバイオマススチレンモノマーを供給してABSの製品を作っている。しかし、石油元売りだからこそ、SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)の精製もできている。出光興産ではSAFを大手航空会社に販売・供給しているなど、化学合成メーカーではできない領域にも進出している。
目下の課題は、エンドユーザーがISCC PLUS認証を取得することだ。バイオベースの原材料を使用した製品を製造・販売するうえで必要な認証であり、出光興産は製造においてはこの問題をクリアしている。あとは販売するエンドユーザーがこの認証を取得することだが、これも2025年を目途に実現できそうだと森川氏は語る。
「エンドユーザーが認証を取ってくれれば、一連の流れを自社で作れる。特にヨーロッパはバイオマスSPSに非常に興味があるため、加工メーカー・製造メーカーを含め、流通が進むことを期待しますね。」と森川氏。出光興産は新しい領域でのチャレンジで、新たな「縁の下の力持ち」となる日も近いかもしれない。