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【海外技術情報】ポルシェ:静かで速い持続可能なモビリティ=電動スポーツボートの市販化が迫る

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【海外技術情報】ポルシェ:静かで速い持続可能なモビリティ=電動スポーツボートの市販化が迫る

持続可能なモビリティに関して、ポルシェは自動車の枠を超えて考えている。ドイツが誇るスポーツカーメーカーは、1927年に設立されたフラウッシャー造船所と協力して、業界全体に革命を起こす可能性を秘めた革新的な電動スポーツボート『フラウッシャー×ポルシェ 850 eファントム エア』を開発している。それはポルシェ『マカン EV』の駆動技術を搭載している。

『マカン』シリーズ責任者であるヨルグ・カーナー氏が慎重にスロットルを前に押しだすと、電気モーターの強力なトルクが素早くに立ち上がる。その後、彼が巡航速度と呼ぶ20.5ノット(38km/h)を維持する。彼が再び加速すると速度は100km/hに近づくが、同乗者が心配していたような事態はまったく起こる気配がない。エンジンの轟音はなく、船首が浮き上がることもない。

『フラウッシャー×ポルシェ 850 eファントム エア(以下、eファントム)』は、イタリアのガルダ湖上をほぼ水平に滑空して行く。リラックスした姿勢を保ち続けたままだから、遮るものがない視界が広がる。カーナー氏は以下のように説明した。

「私たちは、船体の低い位置にドライブユニットとバッテリーを集中配置することで、この独特の運転品質を実現しています。騒音がなければ、大きな声を張り上げる必要はありません。水のせせらぎとともに、心地よいハム音が聞こえてきます。
快適なコントロールを維持するために、旋回時のトルクも軽減しました。精度の高い推力と安定したポジションは水上スキーやウェイクボードにも最適です。このスポーツ性は、これまでの小型電動ボートでは不可能でした。排気ガスの匂いもありませんしね」

船の大きさは幅2.5メートル強、船首から船尾まで約8.5メートル。カーナー氏は、長いことは良いこと、と語る。これは安定性とスペースを確保するためにより広いホイールベースを備えられる自動車にも当てはまる。『eファントム』の定員は9人。初回ロットとして25隻が生産される。これらはフラウッシャーを通じて予約注文でき、2024年に発売される。

持続可能なモビリティのパイオニア

『eファントム』のアイデアは2021年春に生まれた。ポルシェ執行役員会は新しいプロジェクトを開始し、フィリップ・ルッケルト氏を『eBoot』(電動ボート)プロジェクトマネージャーに任命した。彼はポルシェエンジニアリングと協力して、技術的な基礎を築きいた。わずか1年後、このプロジェクトを『マカン』シリーズに統合して、量産の準備を整えることが決定された。

リュッケルトはプロジェクトのスタート直後、オーストリアのオールスドルフにある有名なフラウッシャー造船所にコンタクトした。CEOとして生産責任者であるミヒャエル・フラウッシャーは以下のように語った。

「私たちはポルシェと長い歴史を共有しています。まず、私の祖父はポルシェ家とピエヒ家のためにボートを作った経験があります。次のポルシェとの接触は、弊社がポルシェ・コンサルティングを紹介された10年以上前のこと。今日のような成功したメーカーに発展できたのは、彼らのアドバイスのおかげです。彼らは、高品質な生産を保証するだけでなく、プロセスを合理化することも教えてくれました」

現在、フラウッシャー造船所は約100人の従業員を雇用して、18隻のボートを同時に建造している。

「そして第三に、弊社はパフォーマンス、デザイン、イノベーションの点でポルシェと同じ基準を共有しています。弊社のボートは妥協なく速く、美しくなければなりません」

フラウッシャー氏は1955年からレンタル会社向けに小型電動ボートを製造してきたが、当時からフラウッシャー氏の父親は船外機が海水を汚していることに憤慨していたという。

「『eファントム』は真の革命です。私は生涯を通じてボートを運転してきましたが、今まで運転したなかで最高のボートとなりました。内燃機関を搭載したボートは追いつくことができませんでした」

プロジェクトマネージャーのフィリップ・ルッカート氏は振り返った。

「このアイデアに続いて、実現可能性の分析が行われました。2021年のコンセプト段階で、ポルシェは『フラウッシャー 858 ファントム エア デイ クルーザー』の船体をベースにして、次期『マカンEV』の超強力な電動パワートレインを組み込むことにしました。電気モーターとスターンドライブの完璧なバランスを保つために、その出力を最大約400kWに制限しました」

2024年に発売される『マカン』には、新しいPPE電動プラットフォームが採用される。アウディと共同開発したもので、これが両車の一部BEVに共通アーキテクチャを提供する。総容量約100kWhの高電圧リチウムイオンバッテリー、永久磁石同期モーター、最先端のパワーエレクトロニクスを搭載する。

2022年にプロトタイプのテストを開始

フラウッシャー造船所は、ドライブユニットを最適な低重心に配置するために、グラスファイバー強化プラスチックの船体を採用した。シュトゥットガルト近郊のヘミンゲンにあるマカン開発プロジェクトセンターでも、同時進行でパワートレインの調整が進められた。

バッテリーを含むすべての高電圧コンポーネント(ポルシェの標準電圧は800V)は、急速充電ソケットを備えた充電システムを含めて、変更を加えずに組み込まれた。電気モーターのすべての部品はうまく適合したが、ハウジングは適合しなかった。またボートはアクセルペダルではなくスロットルを操作する。動力は車輪には伝達されず、電気モーターからスターンドライブシャフトを介してプロペラに伝達される。カーナー氏によると、最も開発が必要だったのは電子制御ユニットだという。

「水上では車輪速度を測定できませんし、パーキングブレーキを装備していないため、解決すべき問題がたくさんありました。たとえば『マカンEV』はパーキングブレーキが作動している場合にのみ充電される仕組みです。ボートに搭載するにあたって、それらの信号を生成する必要がありました」

プロトタイプによるテストが始まったのは2022年9月。開発チームは造船所からほど近いトラウン湖で処女航海を行った。わずか1年後には、はるかに大きなガルダ湖でテストが行われた。カーナー氏は以下のように付け加えた。

「充電ステーションを含む急速充電機能は、トライアルやテストドライブ中に重要な役割を果たしました。ADS-TECは急速充電『ChargePost』で助けてくれました」

バーデンヴュルテンベルク州のニュルティンゲンに拠点を置くADS-TECが提供するこの充電設備は、電話ボックスを彷彿とさせる。ただし、個別に操作できる大型ディスプレイを備えた斬新なデザインでもある。急速充電ステーションの中心となるのは、22kWの接続で給電できる強力な充電式バッテリーであり、小さな港でも利用可能である。カーナー氏は説明する。

「シンプルなインフラがなければ、電気ボートへの切り替えは不可能です。実際には、当初は内燃機関が禁止されている場所でのみ使用されるでしょう。しかし、長期的な成功には、魅力的な製品と高度に洗練されたプロセスが必要。約100万ユーロかければ、この簡単な急速充電ステーションを6か所ガルダ湖全域に配備できる。そうすれば電気ボートを不便なく使用できるようになります。これは合理的な投資です。世界中の湖や沿岸地域でも、事情はそれほど変わらないでしょう」

ボートを満喫するには、短時間の停止と直流による急速充電が重要な役割を果たす。もちろんAC充電も可能ではある。自動車のBEVと同じように航続距離は速度によって変わるが、『eファントム』は40km/h巡航を60分間維持できるという。

著者
川島礼二郎
テクニカルライター

1973年神奈川県生まれ。大学卒業後、青年海外協力隊員としてケニアに赴任。帰国後、二輪車専門誌、機械系専門書の編集者等を経て独立。フリーランスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに執筆している。

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